経営論語 現代語訳 - 渋沢栄一

渋沢栄一 現代語訳 経営論語

Add: bixuhobe17 - Date: 2020-11-21 00:06:32 - Views: 2426 - Clicks: 7959

Amazonで渋沢 栄一, 守屋 淳の現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)。アマゾンならポイント還元本が多数。渋沢 栄一, 守屋 淳作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 『論語と算盤』を読むより、プログラミングの勉強をしたり、英会話を練習したり、数Ⅰから数学をやり直す方が、よほどビジネスの役には立つだろう。というかそもそも、技師ではない企業人という存在が、AIの発達でそろそろ要らなくなってきている事実がある。 行きがかり上文系人間になってしまった人は、足でお金を稼ぐか、汗して肉体労働に励むか、曲がりなりにも一応の理系人に変身するしか生き残る道はない。これは困難なことだろうが、定時に椅子に座って給料が貰えた、今までの時代が甘すぎたのだ。 ヒトが火を使って人類になり、人類が文字を持って文明人になったように、否応なく学ばねばならない時代は人類史上何度もあった。今たまたまそういう時代に生まれてしまった不幸はあるけれども、身につけてしまえばさほどのことではない。スマホが使えるなら数Ⅰは出来る。 武術だってそうで、私だって長いこと、本の虫のひょろひょろで、口先ばかりの私立文系バカだった。ところが時運の赴くところでやむを得ず、数学物理をやり直し、htmlから始まってアパッチなどプログラミングも習得し、道場で汗を流して素手で人を倒せるまでにはなれた。 環境があまりに厳しくてメンタルも病んだが、病んだら病んだなりに生き残りの法はある。一歩を踏み出せないのはまだ環境が甘いからで、そのうち悪くなってくれば、否応なく誰でも行動には出る。その点は誰もが自分を信じていいと思うし、先行き不安を案じなくてもいい。 元気出していきましょう。. 論語と算盤 : モラルと起業家精神. 193より、 これが大正時代に書かれた文章です。 今読んでも通用します。 この文章を読んで、ひとそれぞれ何か心に思うことがあるのではと思います。 「学問のために学問をしている」の部分は「お受験のために勉強をしている」とも捉えられます。 「何となく学問した結果、実際に社会に出てから、・・・」のあたりは「何となく大学を卒業して、会社に入ってから・・・」とも捉えられます。 この「論語と算盤」という本は読む人によって様々な思いが生まれるのではないでしょうか。 「論語」もそうですし、「論語と算盤」もそうですが、「人間と人間社会の本質的な部分」を描いている本は、先々の時代まで読み続けられる教養本となります。 そして、本質的なものが書かれているからこそ、「読み手の成長度合い」によって、読み取れる内容、感じる感想がどんどん変わっていきます。 私はこのようなたぐいの本を教養本として、おすすめしています。 最後に「論語と算盤」をより深く読み、味わうための読み方を紹介します。. See full list on neuro-educator. See full list on type.

儒教と実業というテーマを議論の主軸としつつ、渋沢が『論語と算盤』で取り上げる話題は実に幅広い。人格をどのように磨けばいいのか、客観的人生観と主観的人生観の違い、道徳は進化するのか、合理的な経営とは何か、江戸時代と明治時代の教育の違いなど、ぜひ一読していただきたい内容ばかりだ。 何より本書の魅力は、全編を通して、誠実さをベースにしながらも、語り口にユーモアがあって楽しく読めることだろう。本書を枕頭や座右において、折にふれてページをめくってみてはいかがだろうか。 最後に、渋沢が『論語と算盤』の締めくくりで語った言葉を紹介したい。「道理とは、天にある太陽や月のように、いつも明るく輝いていて、決して曇ることはない。だから、道理と共に行動する者は必ず栄える」。 ※当記事は株式会社フライヤーから提供されています。 copyright © flier Inc. 渋沢栄一が幼い頃、幕末の時代は、武士が農家や商家の借金を踏み倒したり、きちんと返せなかったりと、経済が回りきっていない時代でした。 バランスで言うと、「論語100の算盤0」という状態です。 この状態ではいくら人格を磨いてもきちんと経済が回らず、社会が豊かにならないことを、渋沢栄一は学びます。 そして明治維新後、渋沢栄一をはじめ幕末を生き抜いた「論語を学んだ人間」が、さらに西洋の科学技術と資本主義を学び、「論語50の算盤50」というバランスを実現して、明治初期の近代日本の土台を形成します。 ですが明治後期になると、子供の頃に論語を学ばず、西洋の科学技術のみを学び、資本主義のお金儲けばかりを優先する人間が育成されるようになりました。 「論語0の算盤100」の状態です。 そんな状態を憂いて、 「論語による人格形成」と「資本主義の利益追求」のバランスを再度取り直そう そう語ったのが、大正5年に発行されたこの「論語と算盤」だったのです。. 渋沢栄一 著 ; 道添進編訳.

本協会では、年1月14日(木)に 「新春特別対談」を開催させていただきます。 「新春特別対談」では、渋沢栄一の5代目子孫である渋澤健先生と作家・中国古典研究家の守屋淳先生に、『渋沢栄一に学ぶポストコロナ時代の生き方、考え方』をテーマにご対談いだきます。. 渋沢栄一は いくつもの会社の取締役にもなりましたが、 自分の財閥にした会社はありません。 「私利を追わず公益を図る」という 戒めを貫いてきた渋沢栄一は 「論語と算盤」を書くことによって、 よき経営者を育てたかったのでしょう。. . 「論語と算盤」は経営者はもちろん、 誰が読んでもためになることが書かれています。 渋沢栄一は、 「道徳と利益は一致する」ということを伝え、 よき経営者、よき思想の人間が増えることを 願っていると思います。 いまの日本の基礎を築いた 渋沢栄一に感謝しつつ、 私たちはこれからの日本を よりよく発展させていかなければなりません。 「論語と算盤」を読むことで、 「自分がどう生きるべきか」が分かりますよ! 渋沢栄一の教えを学ぶための入門編としておすすめですよ。 『現代語訳 論語と算盤』 『現代語訳 論語と算盤』 渋沢栄一(著)、守屋淳(訳)、筑摩書房. ただし中途まで読んだところ、私と意見を同じくしているところがあって感心した。一つは「男たる者武術の一つも身につけておけ」であり、もう一つは「儒者どものでっち上げと論語のねじ曲げにはうんざりする」との意見。この二つは実は関係している。 儒者はとにかく、体を動かすことを卑しんだ。清朝末期の史実に、英国公使と会見するために公使館に出向いた儒者が、公使自ら椅子をせっせと運んでいるのを見て、下人とは付き合えないと言って帰ってしまったことがある。だから中国と朝鮮はダメになってしまったのだが。 お高くとまって実業を卑しむ。商人を奴隷同然に見下げる。そのくせ国家予算に匹敵するようなワイロを取る。これで発展していたのだから、中期までの明清帝国とはすさまじい恵まれようと言っていいだろう。この教訓を現在の共産党幹部は知っているように思える。 共産党政権成立後の国家主席は、そろって技師の出身で、若い頃にダムの一つや二つ造ってから政治活動に入っている。だから数理でものを考える習慣が、若い頃から染みついている。たかが東大文科入試程度の数学しかできない官僚や企業人が、はばを利かせる日本とは対照的。 私はそれすらダメだったのだから、批判をする立場にないが、歴史者(もの)として数理の出来ない連中が社会の枢要を握ると、王朝末期の中国や朝鮮そっくりになることは目に見えている。それは戦前の軍人や官僚も同じで、似たような衰亡を招かないかやや心配になる。 同様に儒者は自分がひょろひょろだったから、武術の達者だった孔子を誤解した。彼らにとって都合よく、本来孔子が説いた利殖や革命に伴う政治工作、武術の必要性も認めなかった。それだけでなく、勝手に書き換えて論語を実につまらない、抹香臭いお説教集に作り替えた。. 『論語と算盤』 江戸期と明治時代初めの商業教育 商法講習所の創設 商法講習所での教育と経営形態 矢野二郎という人物 明治時代の女子教育 女子教育の思想 巌本善治と成瀬仁蔵 成瀬仁蔵・渋沢栄一と日本女子大学校 どのような書物に影響を受けてきたか. 渋沢は、事業の第一線を退いた明治30年代から、堰を切ったように自らの経営思想を語り始めた。『論語と算盤』は、彼の思索の集大成として、大正五(1916)年に出版された。この本の思想は、論語の精神で、人が本来持っているやる気や成長を促し、経済を持続的に活性化させようというものだ。 この本が書かれた大正の初めは、どんな時代だったのか。当時、社会全体がバブル期に突入し、とりわけ若い世代では立身出世、金儲けの風潮が蔓延していた。儒教の倫理観は、時代遅れだとして、隅に追いやられていた。 一方で大正期は、激動の明治が過ぎて、その余韻が収まろうとしていた時代でもあった。先進国の仲間入りを果たしたという安堵感もあっただろう。そして目標を喪失し、現状に甘んじるようになっていた。志ある名士たちは、こうした風潮を諫めようと声をあげた。その一つが『論語と算盤』だった。 渋沢は本だけでなく、あらゆる機会を捉えては、「道徳経済合一説」を唱えた。経済界の人々を前に話すときはもちろん、幼稚園で子供たちに語る時でさえ、最後はこの話になったという。もしも渋沢が今の時代に生きていたら、きっと同じことを語っただろう。本を.

『現代語訳 論語と算盤』(渋沢栄一) 日本実業界の父が、生涯を通じて貫いた経営哲学とはなにか。「利潤と道徳を調和させる」という、経済人がなすべき道を示した『論語と算盤』は、すべての日本人が帰るべき原点である。. 経営論語 現代語訳 - 渋沢栄一 ドラッカーは、渋沢をこう評しています。 「企業の社会的責任」(CSR:Corporate Social Responsibility)に真摯に取り組まなければ、企業経営が立ち行かない時代となっています。 日本で「CSR」という言葉が脚光を浴びたのは、バブル経済が崩壊して、日本企業が不振にあえぐ90年代のことです。バブルの頃は、潤沢な予算とともに企業が芸術・文化を支援する「企業メセナ」と称する「社会貢献活動」が盛んに行われました。大規模な展覧会や音楽・スポーツイベントが全国津々浦々で開催されていました。「企業メセナ」は、「CSR」の一部と言えます。 ところが、バブルが崩壊して予算が無くなり「企業メセナ」が冷え込むと、それに対する反省も起きました。 「企業は〝本業〟を通して社会に貢献する」 松下幸之助に代表される昭和の名経営者たちが言っていたような「経営の原点回帰」といえる経営思想が注目されました。また、世界的な異常気象から環境問題への危機意識は、さらなる高まりを見せていました。 その原点が「近代資本主義の父」渋沢栄一です。 経営とは、利潤を最大化させることが目的ではなく、本業を通して社会からの要請に責任をもって応える「社会貢献」にこそ真の目的があります。 渋沢は「士魂商才」「義利両全」の言葉とともに「道徳と経済の両立」を提唱しました。渋沢の著『論語と算盤』は有名ですね。 「論語」が道徳、「算盤」が経済(経営)の比喩ですね。渋沢栄一は、こう言っています。 渋沢栄一は『論語』を座右の書とし、ビジネスにおける道徳の必要性を説き続けた人物です。 どんな会社でも、企業理念やミッションや行動指針が高潔な文章で書かれています。でも、世間を騒がす不祥事は後を絶ちません。カリスマリーダーとして社会的地位を確立し、多くの人を啓蒙できる存在だったにもかかわらず、晩節を汚すリーダーは歴史上多く存在します。 「論語読みの論語知らず」とは、このことでしょう。 渋沢栄一の場合は、論語が机上の空論とならず、より現実的な行動哲学となって、経営においては、. 岩崎は海運業をほぼ独占していました。価格は思い通りで、国民が不利益を被っていたのです。これを放置していては、論語にある「義を見て為さざるは、勇なきなり」です。 栄一は三井財閥と組んで明治13(1880年)に、東京風帆船会社を設立し競争をしかけます。岩崎の参入によって、激しい価格競争が繰り広げられました。しかし、岩崎が明治18年(1885年)に鬼籍入りし、政治家の介入もあって両陣営は合併することになります。この時、統合された会社が現在の「日本郵船」です。. 990円なのですが、実は31日間 の初回無料トライアルがあるんです! 【31日間無料トライアルの特徴】 ●見放題作品が31日間無料で視聴可能! ※最新作はレンタル配信(個別課金)。 ●70誌以上の雑誌が読み放題! ●600円分のポイントをプレゼント! ※最新作の視聴、最新コミックの購入等に 使用可能。 ですので、1ヶ月以内に本を読み終えれば、 『現代語訳 論語と算盤』を無料で読むこと ができるというわけですね! さらに、電子書籍なのでいつでも手軽に読め て、本がかさばることもありません。 より多くの本を読むほど、月額1. 論語と算盤 現代語訳 - 渋沢栄一/著 守屋淳/訳 - 本の購入はオンライン書店e-honでどうぞ。書店受取なら、完全送料無料で、カード番号の入力も不要!お手軽なうえに、個別梱包で届くので安心です。宅配もお選びいただけます。. 『現代語訳 論語と算盤 (ちくま新書)』や『論語と算盤 (角川ソフィア文庫)』や『渋沢栄一「論語」の読み方』など渋沢栄一の全215作品から、ブクログユーザおすすめの作品がチェックできます。 さて、渋沢と同時代の実業家といえば三菱財閥を築き上げた岩崎弥太郎です。ふたりは「両雄並び立たず」と言いたくなる関係で、対立した時期があります。 岩崎弥太郎は土佐藩から買い取った船で海運業を始めました。これは、坂本龍馬の遺産ですね。岩崎は大隈重信をバックにつけ、明治11年(1878年)には、海運業で巨万の富をえていました。 渋沢は、大久保利通との対立があって大蔵省を辞め、第一国立銀行の頭取として実業界で名を馳せていました。 明治11年の8月、岩崎から誘いがありました。向島の柏屋で舟遊びでもしませんかと。岩崎の目論みは、栄一を味方に引き入れることです。柏屋での会話について、渋沢の四男である渋沢秀雄氏が『明治を耕した話』で、こんな風に書いています。 「合本法」とは今の株式会社制度ですね。 広くお金を集め、多くの人に還元する。「国利民福」とは、国が豊かになり国民が幸福になることです。それこそが事業の目的だと栄一は言います。岩崎は、一企業で富を独占しても構わないとします。「渋沢合本主義」と「岩崎独占主義」の対立は、後に熾烈な「海運戦争」に発展していくのです。.

この本を初めて手にする読者は、何となく既視感を抱くかもしれない。というのも、近代資本主義の父といわれる渋沢栄一(以下、渋沢)が設立に関与した会社は、六百社近い。その流れをくむ会社が読者の職場かもしれない。だから、社訓などを通じて渋沢の思想に触れている可能性は高い。また、京セラ創業者の稲盛和夫氏など、影響力のある経済人が『論語と算盤』の影響を受け、その思想の伝道者となっている。 本書の大きな主張は二つある。一つは、道義を伴った利益を追求せよというものだ。そしてもう一つは、自分より他人を優先し、公益を第一にせよ、という主張である。要は、金儲けをすることと、世の中に尽くすことを両立しなさい、というわけである。 こうした考え方は、日本企業に広く浸透したものでもある。企業理念に「社会やお客様と共に」といった文言を盛り込んでいる企業は多い。こうした言葉の源流をたどると、『論語と算盤』に行き着く可能性が高い。 日本企業の強さは『論語と算盤』の延長線上にあったといえる。『論語と算盤』は、日本の経済人にとって、迷った時や先が見えない時に立ち返るべき原点なのだ。ガバナンスもコンプライアンスも突き詰め. 日本能率協会マネジメントセンター. 【引用 「現代語訳 論語と算盤」著者:渋沢栄一 訳:守谷淳 P15 (小山正太郎 画) 】 渋沢栄一はなぜ「論語」と「算盤」を 両方極めなければならないと考えていたのか? 商品コード: 01-018 販売価格 : 1,650 円(税込) 現在、在庫がございません.

【引用 現代語訳 論語と算盤 P9 著者「渋沢栄一」】 (1909年の渋沢栄一 写真) 渋沢栄一は幕末から 明治時代を生き抜いた人です。 しかも、「日本資本主義の父」 と称賛されています。 簡単にいうと、 いまの日本を作った人です。 詳しくはこちらの記事をご参照ください↓ それだけすごい偉業を成し遂げてきたからこそ、 新紙幣の肖像画に選ばれたんですね。 反対に考えると、日本に貢献し 偉業を成し遂げないと、 新紙幣の肖像画にはなれないってことか。 別に肖像画に憧れはないですけど。 だって、いくら自分が 亡くなったあとだからといっても、 自分の顔が出回るの恥ずかしいじゃないですか! See full list on hayaron. .

『論語と算盤』を流行に乗ろうとして訳し始めた。たかだか100年前の日本語だから、言語そのものは大して難しくはないが、時に文脈が無茶苦茶で実に訳しにくい。さらに同じ事の繰り返しが多く、文意を現代日本語に直すともとの半分近くまでしか残らない。 これはこの本が書き物ではなく、講演のたぐいをまとめたからだろう。そしてこれは言いにくいが、さすがに七十を超えているとあって、さすがの渋沢王の頭脳にも、アルツハイマーが虫食っていると見受けられる。原文をまともに読もうとして、読めるものではない。 だからその多くが、訳していて実につまらない。回りくどく問題提起した後、その解決法はと言えば、「道理に従え」とか「常識を持て」とか、最後には「努力しろ」に行き着いている。これなら頭の悪い人にも言えることであって、わざわざ有り難がって読むほどの価値はない。 孔子が「話だけ聞いてその人物を評価すると、間違う」と言ったのもむべなるかな。つまり『論語と算盤』は、渋沢翁の経済界に果たした業績に比べると、大して価値を持っていない。逆に言えばその程度の話しかできなくても、日本資本主義の父にはなれるということだ。 だいたい平成の初め頃まで、文系の学者や実業の成功者で、文章を読みやすいように書いた人はほとんどいない。むしろわかりにくくあえて書いている。読んだ坊さんにも意味の分からないお経を、金出して有り難がる風習が日本にはあるから、それに倣ったのかも知れない。. そんな渋沢栄一さんが書いた著書が、 「論語と算盤」 です。「論語と算盤」は、とても読みやすい本. ここに、渋沢栄一の 経営者としての考えが見られます。 渋沢栄一は、論語と算盤は 必ず一致するもの=道徳と利益は一致するものだ と伝えたいのです。 正しい利益によって国は豊かになり、 正しい利益だからこそ永続できる。 うんうん、と何度も頷いてしまいますね。 巧みな言葉で不良品を買わせて、 それで利益を得たところで通報されて 逮捕されておしまいですし、 その被害にあった人は不信感を募らせ、 購買意欲が減ってしまう。 そんなことばかり繰り返されていたら、 真面目に商売している人だって 買ってもらえなくなっちゃうかもしれません。 多大な不利益を被り、徐々に 日本経済は衰退していくでしょう。 真面目なものがバカを見る 世の中にしてはいけません!

「自分さえよければいい」という考えは やめましょうってことです。 こういうことをしていると、 欲が出て、他人を蹴落として、終いには 自分も不幸になるぞって教えて. 作家・守屋淳のオフィシャルウェブサイト。専門は「孫子」「論語」等の紀元前の中国思想、クラウゼヴィッツの「戦争論」と戦略論、渋沢栄一と日本人論。代表著作は「現代語訳 論語と算盤」、「最高の戦略教科書 孫子」。講演などお仕事のご依頼はこちら。. しかも「論語と算盤」は物語ではないので、 どこから読んでもOKです。 「じゃあ渋沢栄一小伝から読んじゃお~」 でも全く問題ありません。 「渋沢栄一小伝」を読むと、 渋沢栄一のざっくり生涯が分かりますよ。 「十の格言」は、いい言葉が10個載ってます。 解説はついていませんが、 その言葉だけを読んでも、身に沁みます。 「論語と算盤」の冒頭部分を AIが朗読している動画がありますで、 少しだけですけどういう内容なのか知ることができますよ↓. 今回ご紹介するのは、「日本資本主義の父」と呼ばれた渋沢栄一の自伝『現代語訳 経営論語 渋沢流・仕事と生き方』です。幕末と明治時代を. それを読み解けば、今後の経営の舵取りのヒントがみつけられるはずだ。そこで、『論語と算盤』を読みやすくした『現代語訳 論語と算盤』の訳者である守屋淳氏に、渋沢栄一の足跡の解説とともに、経営者に必要な基本的な考え方や心得を聞いた。. 現代語訳 経営論語. 渋沢は『論語と算盤』にこう書いています。 今、企業経営において最も大事なのは「道徳」「道理」「倫理」だと言ったら、一笑に付されるでしょうか。 渋沢も『論語』を持ち出すと、笑われ批判されたと言います。 でも、明治でも昭和でも平成でも、そして令和になっても、道徳観が企業経営を成功させる一要因であることに変わりはありません。エシカル消費(Ethical Consumption)という言葉も登場し、消費者・生活者、つまり社会が倫理的な企業を求めています。渋沢は家族の前でよく言っていたそうです。 道徳観をもった社会への恩返しが企業経営の目的です。 ネット社会となり内部から企業の不正が暴かれる時代です。企業の社会的責任とそれに伴った道徳観・倫理観が真の意味で問われています。渋沢栄一が、新札の顔として登場する日(年予定)も近づいています。 今、渋沢栄一の思想に学ぶべきものは、とても多いですね。 (文:松山淳). Amazonで渋沢 栄一, 由井 常彦の現代語訳 経営論語―渋沢流・仕事と生き方。アマゾンならポイント還元本が多数。渋沢 栄一, 由井 常彦作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。.

まずはじめは「論語と算盤」を読んでみてください。 最初は「ふ~ん」くらいの感想で良いです。 「論語と算盤」はいくつかの出版社から発売されていますが、ちくま新書の本がおすすめです。 理由は、最後に渋沢栄一の生涯が簡単に紹介されているからです。 また本文の現代語も読みやすくて、お勧めです。 次に「論語」を読んでください。 といっても論語にも読み方があります。詳細は以下のページを参考にしてください。 (工事中:論語の読み方) その後、渋沢栄一の伝記作品である、「雄気堂々」を読んで、彼の生涯を追体験してください。 その後、渋沢栄一の 「渋沢栄一「論語」の読み方」 という本と読んでください。 この本は、論語の言葉を引き合いに出しながら、西郷はこうだったとか、大隈重信はこうだった、自分はこのように気をつけているといった説明があり、渋沢栄一が論語を実際にどう生き方に応用していたのかが分かります。 また、渋沢栄一が実際に論語の言葉を幕末・明治の有名人に当てはめて説明しており、幕末好きにはたまらないくらい楽しいです。 以上のルートを読み終わってから、再度「論語と算盤」を読むと、また違った深みが感じられます。 以上、「論語と算盤」の要約・図解でした。 いかがでしたか。 これで、「論語と算盤」をこれから読むときの理解度が上がると思います。 またより深く本書の内容を味わえるようになると思います。 以上、ご一読いただきありがとうございました。 最近普及し始めた「遺伝子検査」で、自分が癌やアルツハイマー病に、どれくらいなりやすいのか、家で検査してみた体験談をまとめてみました。. では、なぜ渋沢栄一は人格形成のベースの本として「論語」を選んだのか? 渋沢は2つの理由を説明しています。 ①論語が最も古くからある書物であり、多くのほかの書物であったり格言の大本は論語にあるから ②人の生き方として、現代に適応しても、最も誤りや、誤解の少ない本であるから と述べています。 論語は「人間がよりよく生きるにはどうしたらよいか」、「より心豊かに生きるにはどうしたらよいか」を教えてくれます。 これら2つの理由に加えて私は、さらに2つの理由も実はあったと考えています。 追加の1つ目は ③論語には神という概念がなく、日本人が受け入れやすい この時代、内村鑑三や武士道の新渡戸稲造など活躍しているクリスチャンもたくさんいました。ですが、聖書でなく論語を選んだのは、神の存在に対する、天皇制との整合性をとりやすかったからだと思います。 (ちなみに私は、西洋文明の大本は「旧約聖書」と「新約聖書」にあり、東洋文明の大本は「論語」と「ダンマパダ」にあると考えています。) 追加の2番目の理由を説明します。 この論語という本は2500年以上前に書かれた本です。 そんな卑弥呼よりも大昔の本が渋沢栄一の時代を経て、21世紀でもいまだに「教養書」と呼ばれ読まれているには理由があります。 それは論語の中に、 「時代が変わっても変化しない人間と人間社会の本質」 が描かれているからです。 だからどの時代でも論語は教養書として読み続けられてきました。 つまり論語を選んだ4つ目の理由は ④「時代が変わっても変化しない人間の本質」が描かれているから です。 最後の③と④は私の考えで、渋沢栄一が明言しているわけではありませんが、私は同じ考えを持っていたと思っています。 次に「論語と算盤」の中身から、面白いと感じた箇所をひとつだけ紹介します。. 昔から儒学者たちは孔子を誤解してきた。その最たる例が、富や地位に関する観念だ。彼らの論語の解釈によれば、「仁義、王道」と「貨幣、富貴」の両者は相容れないという。 しかし、論語二十篇をくまなく探しても、そんな文言は一つも見当たらない。 孔子は、利殖の仕方について自説を述べているが、それは、孔子らしい反語のような言い回しであった。そのため、儒学者が完全に理解できず、間違った解釈が世の中に広まったのではないか。 孔子が述べた内容はこうだ。「道理に反して金や地位を得るくらいなら、貧しくて卑しいほうがましだ。もし正しい道理に則って得た金や地位なら、それは特に問題はない」。これを、「孔子は富や地位を嫌い、悪と見なしている」などと決めつけるのは、早合点というものだ。 孔子は決して、進んで貧乏せよと言っているのではない。正しい道を歩んで得た金や名声や地位ならば、孔子もまた自分から進んで手に入れようと考えたのだ。. 」 「算盤って、あのシャカシャカ振って マラカスとして遊んだそろばん?

経営論語 現代語訳 - 渋沢栄一

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